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No 12. January 5 〜 January 18、2009
イスラムさんと弟たち: イスラムさんは12人兄弟です。
イスラムさんの皮工房から皮製品を作ってもらうことにしました。
イスラムさんは長男で、工房は家内工場です。
奥さんのジャスミンさんは接待、デザイン、家事のすべてをひとりでこなします。
イスラムさんはそんな奥さんの家事を手伝う
バングラデシュではめずらしい夫、社長さんです。
 
 新年早々に降り立ったダッカの国際空港は寒かった。セーターを着ている人、オーバーコートを着ている人、半袖シャツの人・・・空港の外に出ると、当然来ていると思い込んでいた、迎えの人が来ていない。一瞬パニックに陥ったものの、10年もバングラデシュに通っていると、初めてのことにもなんとか対応できるようになるものだ。バングラデシュでは初めて公衆電話を使い、滞在先に連絡を取った。飛行機が早めに着いて、迎えの人はこれから家をでるところだった。2台ある固定公衆電話の一台は壊れていて、公衆(?)携帯電話は手軽に利用できるようだった。しかも携帯電話の利用料は固定よりも幾分安い設定である。迎えの車を待つ間に、あたりを見渡せば、空港もその周辺も西洋のホテルができてこぎれいになり、個人の車がほんとに増えた。初めてこの場所に降り立った時、はだか電球の弱い光と冬の弱々しい蚊と強面のタクシーの運転手たちの中で、まるでヴィクトリア時代のエジプトに着いたように感じたことを何度も思い出した。
 バングラデシュは長い暫定政府の時代を終り、旧野党が与党に返り咲いた。栄華盛衰の原因はいつも「わいろ」である。軍部を基盤とする暫定政府は賄賂を厳しく取り締まり、えらい人たちが大勢逮捕された。バングラデシュの新聞を読んでいて違和感を覚える時がある。例えば、とびきりえらい人たちがいた刑務所の場所、使っていた物などを「博物館」と称して展示品にしたり、逮捕された人たちが刑務所で大きな自分の名札を持たされて公開写真として見せしめのように新聞にのっていたり、強姦された少女が被害者として名前付きで報道されたり、事故の死者の写真がそのまま生々しく報道されるという事実だ。私の情緒には少しきつすぎ、これが文化の違いなのだろうか、とふと思う。
 郵便局で日本に向けての国際便を送ることはダッカに行くたびの習慣であり、必要である。長い列に並んでようやく自分の番が来たとき、横に立っていた男性が私に向かい、窓口の係に「ボクシシ(お恵み)」を与えろという。「お恵み」らしきものは、正式に出したことがなかったので、とまどっていくらだしたらよいのか、と訊ねたら、その男性は「きまりはない」というのみだ。あまり少なすぎても失礼だし、多すぎてもどうだろう。考えて、妥当と思った額をそっとあげたら、どうやらそれは地元の人よりは多めであったらしい。それ以後、郵便局でEMSの発送に出向くたびに、かの郵便局の窓口氏は、にやけた顔で必要もない化粧テープを荷物に巻いて、「マダム、ボクシシ」と手を出すのが習慣になった。帰りの道で、運転手さんに、「いくら出したら適切な額なのか」と訊ねたら、公務員には出さなくてもいいのだそうだ。しかし、その運転手も機を見て、「雇い主には内密でお金をもらいたい」と言うようになった。
 新しいお札が登場した。1000タカ札。赤い色で、まだ不潔感がない。従来は一人一日にUS$1000という制限があったが、US$2000に拡張された。現金は交換できないので、バングラデシュに行く時は旅行小切手かクレジットカードである。
 バングラデシュはインフレで、中間、低所得層は生活がきびしいそうである。だがダッカ市街は日本の中古車が溢れ、渋滞で交通に延々と時間がかかり、景気は上々そうだ。
 
校庭で歌う子どもたち:この日は選挙の準備で休校のところ、大勢が集まってくれた。

 いったいいつ学校で勉強するのだろうか。昨年8月に学校を訪れた時は首相の選挙の準備、今回は議員の選挙で休校。しかもどの休校期間も1か月以上である。それでも300人くらいのこどもたちが集まって、一生懸命歌を歌ってくれた。いつもながら、人と歌声と風と緑の匂いが一体となって、人間の原点に帰ってきたような気持ちになる。写真を見ると、この時のために服を着かえてきたようだ。行くたびに、なんだかんだと不満の種は尽きないが、歌を歌って歓迎してくれる子どもたちの前で、それらは消え去り、嬉し涙が溢れてくる。そればかりか「世界の皆様、この姿をどうぞごらんください」と訴えてしまいそうになる。播いた種が伸びて蕾をつけたような、充実した形を見るのだ。いつの頃からか、校長先生が放課後アンワー・ホッサンの家に足を運び、私たちと過ごすようになった。 
 子どもたちにはよい教育環境を与えたい。よい先生がほしい。本がほしい。その点で村の人たちと衝突が生じる時がある。私たちにとってよい環境はもっと勉強ができて、進学や就職に有利なことだ。だが村の人、先生たちにとってもそうだろうか。字が読めるようになり、絵を描き、楽器を奏で踊りができる、という贅沢なことができる今こそ、すばらしいではないか。絵や音楽の先生がそれで給料をもらえる。もっとすばらしいではないか。しかし日本人の目に映る彼らの姿は、漫然と絵を描き音楽を教えて、簡単に給料をもらう教師の姿だ。昨日よりも今日、今日よりも明日という進歩の軌跡をつい求めてしまうのは、支払う側だ。だがここで少し自分を戒めてみよう。今はそれでいいではないか。自分の文化を押し付けているだけかもしれない。目の前に展開する光景になにがしの充実を感じるのは、普段のよい学校生活があるからだろう、とガンバッテ思うことにしよう。
 今回、初めてハク夫妻は同行せず、通訳のイモン君、デザイナーの小木節子とともに3人の旅となった。10年のうちには少しずつ変化が忍び寄ってくる。だが10年も経つのに、村の学校にはまだ電気がない。コンピュターが世界の基準で進んでいる時に、私の村の人たちは、良くも悪くも昔のままで、人々のノスタルジーを生きている。

☆奨学生

 新しい奨学生が6人増えました。今まで、写真中央の大学生二人が奨学生でした。彼らは一生懸命勉強し、よい成績を修めています。彼らの後部に立つのがサクラ・モヒラをスタートさせたヘダヤテル・ハク(左)とイモン君です。イモン君には日本から訪問者がある時、最近ではハク夫妻の代わりとして、通訳やガイドを頼んでいます。ダッカ大学、大学院とイスラム学を学ぶ傍ら、日本語を学び、日本に強いあこがれをいだいている青年ですが、ついに国際交流基金で3か月の留学が決定しました。3月11日から5月1日まで、北浦和に滞在して、日本語の教師になるべくトレイニングを受けます。
 小学校の前に立つ5人は新しいチビちゃん奨学生です。少額ですが、その少額で彼らは学校に通い続けることができます。2月から毎月、校長先生からお金を受け取ります。右の美少女はリマ・アクテル、14歳です。実は東京家政大学短期大学部の国際コミュニケイション科の学生さんたちが文化祭の出し物としてサクラ・モヒラを選び、「世界のお菓子」のバラ売りバザーをしました。その内容がよかったことから、大学から特別賞に選ばれました。大学から頂戴した資金にサクラ・モヒラが半分以上を足して、リマに5年間の教育費を約束しました。彼女は頭のよい少女ですが、家庭の事情で学校をやめなければならないはめにある時でした。実はサクラ・モヒラの職業訓練のプロジェクトを計画していたのですが、女子大の支援ということを考え、彼女と大学、学生さんたちが将来よい関係を進展させてもらえるように、彼女の教育費に充てることにしました。これを機に、大学側にも、学生さんたちにも、村を国際コミュニケイションの場の一つとして考えていただきたい、と思っています。

 さて、このように充実してきた奨学生の部門ですが、彼らは決して「日本」を忘れることはないでしょう。モニールとアムジャッドの大学生二人とイモン君が持つ日本に対する強い信頼とあこがれを知ると、喜ばしいと同時に、私たちも決して彼らを裏切ることがないようにしたいと思います。

 

作業場でミシンに向かう女性たち(左)  「戻ったお金で何を買ったの」「サリーと食べ物!」(右)

 村の女性たちは日本からの注文の品物を一生懸命こなしたので、少し満足できる収入が入った。日本からの仕事の量が増えたのだ。女性たちが作る手織り綿に手刺繍をした小さな袋がちょっと人気である。おりしもクリスマスの頃で、ある会の方たちが、支援を兼ねてこの小さな袋にキャンディやチョコレートを入れて会員のプレゼント用に使ってくださった。数百という単位の応援だったので、女性たちが練習もでき、自信を持って製作できる製品がリストにもう一つ加わった。村の女性たちの希望により、一つの仕事が終わったらそれを発送して、次の仕事をする、というように、次に村に行くまでに3回仕事ができるように手順を整えてきた。これで彼女たちは年間の収入を計画できることになるのだが、はたして、このような高級(?)できめこまかい手順が村でうまくいくのだろうか。
 #11でお知らせしたが、互助会の女性たちが入会する資格としてわずかずつ積み立てたお金が利子を生み、結構まとまった額になったので、分配金を出すことにした。上等なサリーが2枚買えるくらい、住み込みの子どもが1か月にもらう給料くらいの金額である。今回そのお金を、「何に使ったの」と聞いたら「サリーを買った」「食べ物を買った」と答えていた。にこにこ笑って、指で食べる動作をしている。自分のお金をこのように贅沢に使うことは一生のうちに何回あるのだろうか。もっと貯めて、仕事の資本金にまわす、という優等生の答えは残念ながら聞かれなかった。だが自分のサリーや食べ物を買う、ということも贅沢と呼ぶにはあまりにもささやかな彼女たちの「大盤振る舞い」である。

 
ナラヤンプール村の子どもたちの絵より

 3年間、現地のKumudiniという福祉トラストの大きな会社に頼んで、手刺繍、草木染め、ブロックプリントなどのバングラデシュの伝統を基にした日本市場用の服を生産してきたが、それに、2つの場所が新たに加わることになった。一つは革製品(表紙の写真をご覧ください)、もう一つはナプキンなど布類に伝統的なバングラデシュの手仕事と自然素材を大切に保存しようと試みる女性がしきる場所の製品である。
 サクラ・モヒラは、日本人用にデザインしパターンをつくるが、現地の手仕事、素材、伝統の継続を目的に全体の製品を仕上げることを基本の理念としている。現行の相手国のビジネスの取引活動の中では、こちらにとって理不尽と思うことは多々あるけれど、相手の国の事情が見え隠れするので、ビジネスライクに金銭の話し合いをするよりは、やせ我慢哲学を貫く。例えば、納期を守らず欠陥品も多かった時などは少し値引きを要求し、「これはこちらの損害に対し象徴的程度の値引き額である。しかしながらこの行為をとおして、あなたの責任と良心を問う」「バングラデシュをこの10年間信頼しようと勤め続けた。お返事をお待ちします」。これらのやせ我慢哲学の効果は予想外に大きい。

☆フェアトレイド

 昨今、「フェアトレイドですか」と聞かれることが多くなった。サクラ・モヒラが取引をする現地の企業はほとんどフェアトレイドを謳っている。フェアトレイドとは、生産地の価格を買いたたかずに適正価格で買い、公正な取引関係を構築することだそうだ。
 サクラ・モヒラの経験から現在の風潮を見ると、公正取引とはなんだろうか、と考えざるをえない。バングラデシュの企業は多くの数の注文をほしがる。だが、数をこなそうとして安易に技術のない人を安く雇用するので、品質が低くなり、納期もいい加減になる。こちらの送金を確認して輸出の発送をすることになっているので、せかせたあげくに、日本に到着した欠陥品の山を見て唖然とするのは、いつものことである。しかもフェアトレイドを錦の御旗に請求はどうどうとしたものである。異議を唱えても、あやふやなうちに、損失をかぶるのはいつもサクラ・モヒラである。
 バングラデシュのあるフェアトレイドの企業の代表が、大量に売りさばき鼻息の荒いある日本のフェアトレイドの企業に対して湯気を立てて怒っている。朝のコーヒーに招待されてのミーティングだったが、彼女の言い分はこうだ。「日本のAという企業が、2〜3oの違いを理由に300枚の服の受取を拒否した。2〜3pなら話は判るが、2、3oの違いなら人間には体格の差があるのだから、拒否する理由にならないではないか」

 互いの言い分はともかく、ここでおもしろい話を仕入れることになった。例えば一台の織り機で量産するかわりに、手機織にすると約10人の織り職人の雇用を確保でき、伝統の技や品物を保存することができる。雇用の乏しい途上国にあっては、これはフェアトレイドとして欠かせない要因である。しかし、職人たちは往々にして古いしきたりの中で生きている。オフィスに仕事を取りにきた織職人を迎えたのは、電話やコンピュターの応対に忙しい職員たちである。職員たちは目の前の仕事に忙殺されて、手機職人の存在を忘れている。かくして手機職人は延々と、皆の手が空くのを待つことになるのだが、問題は古いしきたりの中で手機職人は待つことを苦にも思わず、時間の浪費とも思っていないことだ。かくして時間のかかる手仕事はもっと時間がかかる仕事になっていく、ということである。
 バングラデシュはサリーの国である。品質よりも、物があればいい、と感じる状態の国である。そこで、数ミリ違うというのは、彼らにとっては、「問題ない」範囲であり、欠陥品として取り除く範疇の中に入らない。「オーケイ。完璧!」としてチェックの目を堂々と通過した品物が、日本では欠陥品となり、しかも支払もした後あとなので、日本人の目はもっとつりあがり、ヒステリックになって、「許せない!」となってしまうのかもしれない。
大量生産とフェアトレイドは共存するのだろうか。流行に乗り遅れてはならじとばかりに、「フェアトレイド」ととりあえず唱えるのもいいけれど・・・

 牛皮の鞄職人、イスラムさんはフェアトレイドを生きている。彼の工房でできる製品は質が高い。彼は質の高さをまず追及し、お金は適正価格を提示する。連絡は客の都合を第一に考え、日本人がなにもストレスを感じないくらいにきちんとしている。
 彼と奥さんが昨年の9月に日本に見えた時、私たちとちょっとしたいきさつがあって、イスラムさんはその時の義理を、彼の家のディナーに招待してくれることで返そうとした。彼の家も工場も華美ではないがこぎれいで、奥さんのためには住み込みのお手伝いをおいてもよさそうなものを、そのような安価な労働には頼らず、彼が台所の手伝いもごく自然にしていた。ほんとにフェアなイスラムさんだ。牛皮とジュートのバッグも、こちらの意図を的確にくみとり、丁寧な仕事をしてくれた。

 
★ ナラヤンプールを訪れたいという希望が多くなりました。10年が過ぎて、自分も半分村人のようになり、村の人たちも日本を半ば親戚の地として考えてくれるようになりました。秋に村のエコツアーを含むバングラデシュのツアーを計画しています。期間は約1週間。

★ 京浜東北線・与野駅西口にあるいきさつから賃貸した小さなオフィスが、5月で1年を迎えます。中では英語や銀粘土の教室があります。世界の人が出入りする小さな場所にしていきたい、と考えています。

★ 山崎陽子さんというソプラノ歌手の方から、2月21日(土)、墨田トリフォニーホール
 のコンサートにご招待をいただきました。そこで、バングラデシュのシルクを使った、サクラ工房製作の赤いシルクのドレスとサクラ・モヒラの活動が司会者の方から手短に紹介されました。山崎さんがそのドレスで登場すると、観客の中からどよめきと拍手がおこり、その後はなにか豊かな空気の中でコンサートの2部が終わりました。

赤い絹のドレス

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